患者さんと同じ目線で立ち、一生の伴走者へ。アトピースキンケアクリニック 古橋卓也院長が掲げる「伴走型医療」の真意
2026.02.20
「治せない」から「治せる」へ。聞こえの悩みに寄り添い、研究と診療を続ける
オトクリニック東京
院長 小川 郁
近年、高齢化社会の進展に伴い、難聴や耳鳴りといった聴覚障害を抱える方は増加の一途を辿っています。しかし、その治療法は未だ確立されていない分野が多く、患者様だけでなく、医療従事者にとっても難しい課題となっています。そんな中、「治せない」現状を打破すべく、長年の研究と最先端の医療を提供し続けるのがオトクリニック東京です。今回は、長きにわたりこの分野の第一線で活躍されてきたオトクリニック東京 院長 小川 郁 医師に、医師を志したきっかけから、難聴・耳鳴り診療に対する情熱、そしてクリニックの未来について、詳しくお話を伺いました。難聴・耳鳴りの治療に新たな光を灯す小川医師の言葉から、その熱意と医療への真摯な姿勢を感じていただければ幸いです。
—まず、小川先生が医師を志されたきっかけがあれば教えていただけますか?
特に大きなきっかけがあったわけではないのですが、父が医師で、兄も医学部に進んだという家庭環境があり、自然と医師の道を目指すことになりました。
—医師としての道を歩まれる中で、難聴や耳鳴りの分野に特化された経緯についてお聞かせいただけますでしょうか?
医師になって、耳鼻咽喉科医として診療と研究を続ける中で、この分野に特化する大きなきっかけがありました。私自身が大学6年生の時に肺結核を患い、その治療のために使用した薬(ストレプトマイシン)の副作用で難聴と耳鳴りを経験したのです。この薬には難聴を引き起こすリスクがあることを知っていましたが、実際に自分がその当事者となり、当時の大学病院の耳鼻咽喉科医に診ていただいた際に、「この薬による症状は、残念ながら今は治せない」と言われてしまいました。当時は大きなショックを受けましたが、この経験を通じて、「治せない」とされた難聴・耳鳴りで辛い思いをしている患者様が多くいらっしゃるだろうと感じ、それを何とかしたいという思いが、私の研究と診療の根幹となりました。
—長年の研究と診療を経て、オトクリニック東京を開業されました。開業を決意されたきっかけや経緯について教えていただけますか?
私は慶應義塾大学を卒業後、大学病院で長年勤務し、最終的には耳鼻咽喉科の教授を務めさせていただきました。その間、申し上げた通り「治せない」難聴や耳鳴りに対する治療法の研究開発を続けてきましたが、画期的な新薬の開発には至りませんでした。 しかし、私の医師としての活動をそのまま大学で終えてしまうのではなく、これまで取り組んできた研究と診療を、何らかの形で継続していきたいという強い思いがありました。難聴や耳鳴りといった聴覚障害を持つ患者様と共に、新しい治療法や、症状を改善するための手段を提供し続けたいという気持ちが、開業の最大の動機となりました。当クリニックは、難聴者の方を主な対象とし、補聴器や人工内耳、人工中耳といった人工聴覚器を適切に活用し、治せない症状を改善に導くことを目指しています。
—難聴・耳鳴り分野での診療は、他の疾患と比較してどのような難しさがあるのでしょうか?
私が医師になってから45年になりますが、残念ながら、難聴や耳鳴りを治すための画期的な「新薬」がこの間、一つも登場していないのが現状です。これは、私たちが直面している大きな壁の一つです。 この分野では、根本的に治すことができない症状や疾患が多く、患者様もその現実に非常に落胆されることがあります。私たち医療従事者も、患者様も、共に辛い思いをすることが少なくありません。
—その「ギャップ」を埋めるために、小川先生が診療で特に意識されていることは何でしょうか?
患者様とのコミュニケーション、特に「説明」の時間を十分に取ることを重視しています。 難聴・耳鳴りの治療は、残念ながら即座に治るものではないため、患者様が抱える病状、治療の目的、そして現実的な見通しや今後の経過について、丁寧に理解していただくことが不可欠です。 当クリニックでは、患者様の満足度を高めるために、全ての診療を完全予約制とし、一人ひとりの患者様に十分な時間を確保しています。そうすることで、しっかりと説明を行い、治療内容や経過を理解していただくことが、患者様の不安を和らげ、信頼関係を築く上で最も大切だと考えています。
—オトクリニック東京を開設されてから、どのような時に「医師をやっていてよかった」と感じられますか?
難聴の患者様が、補聴器や人工聴覚器といった手段によって、「聞こえない世界」から「聞こえる世界」へと回復された時です。 患者様が、聞こえるようになったことで感動してくださったり、感謝してくださったりする言葉を直接聞く瞬間は、医師として最も嬉しく、やりがいを感じる瞬間ですね。患者様の生活の質の向上に貢献できたことを実感できます。
—クリニックのスタッフの方々や人材育成について、小川先生はどのように取り組んでいらっしゃいますか?
大学で教授職を務めていた時から、人材育成は私の重要な役割でした。当クリニックでも、医師だけでなく、難聴に関わる看護師、言語聴覚士、臨床検査技師、受付スタッフを含む全てのスタッフの育成に、私が中心となって取り組んでいます。 ただし、具体的な部門ごとの育成については、大学病院時代から共に働いてきたスタッフや、各分野で経験を積んだベテランが、若手に知識や技術を伝えていく体制を築いています。当クリニックは、慶應病院で一緒に働いていた非常勤の職員に来ていただいてスタートした経緯があり、難聴・聴覚障害を持つ方のためにという共通の目的意識のもと、スタッフ間の意思の疎通も取れていると感じています。
—多くのクリニックが人材採用に苦戦していますが、オトクリニック東京での採用状況はいかがでしょうか?
おかげさまで、当クリニックでは大きな採用難に直面することは比較的少ないです。これも、慶應病院時代からの繋がりがあったことが大きいと考えています。 また、スタッフ一同が「難聴者の方々のために何ができるか」という目的意識を共有し、チーム一丸となって仕事に取り組んでいる環境も、離職率が低く、良い人材が集まる理由の一つではないでしょうか。スタッフが、患者様と真摯に向き合い、やりがいを持って継続して働ける環境を大切にしています。
—クリニックの経営方針、理念についてお聞かせください。
経営に関する専門的な部門は別にありますが、私としては、まず「医療の理念」を大切にしています。それは、治せない聴覚障害に対し、どこまで患者様や社会に貢献できるかを追求し続けることです。 また、当クリニックは専門性を追求するため、予約制で診療時間をしっかり確保していますが、これは保険診療の枠組みだけでは経営が成り立たなくなるという現実的な問題も伴います。しかし、経営を成り立たせ、この医療を継続していくためにも、保険診療の制約がある中でいかに質の高い医療を提供し、患者様の満足度を高めるかというバランスを常に考えています。
—難聴分野の根本治療に向けて、薬以外での新たな取り組みはありますか?
薬以外にも、最近注目されている「デジタルメディスン」の研究開発も行っています。例えば、耳鳴りの症状に対するアプリや、難聴者に補聴器だけでなくコミュニケーション環境を提供するコミュ二ティづくりなど、様々な角度から患者様のQOL(生活の質)向上に貢献したいと考えています。
—高齢化社会における補聴器診療のあり方について、どのようにお考えですか?
現在、補聴器は耳鼻咽喉科医の専門的な関与が薄いという、日本特有の現状があります。私たちは、難聴診療の専門家として、この状況を変える必要があります。まずは、専門家による正しい診断を前提とした適切な補聴器の調整・装用を推進し、そのために行政にも働きかけ、東京23区で始まったような補聴器の購入助成制度を全国に広げたいと考えています。 また、難聴は認知症の危険因子でもあるため、難聴の高齢者が適切に補聴器を使用し、さらに社会的な孤立をしないような地域社会のコミュニティづくりなど、医療・行政が一体となって取り組んでいくべき課題だと考えています。
— 今後のオトクリニック東京のビジョンはなんですか?
私のビジョンは、オトクリニック東京で培った、難聴・耳鳴りに特化した質の高い診療体制を、全国に広げていくことです。将来的には、オトクリニック名古屋、オトクリニック大阪といった形で主要都市に展開し、そのネットワークを通じて、東京だけでなく日本全国どこでも同じレベルの診療が受けられる体制を作りたいと考えています。この壮大な計画は10年計画で、将来的には遠隔診療やAIを活用した新しい形の医療も取り入れながら、その実現を目指しています。
—最後に小川先生の夢についてお聞かせいただけますでしょうか?
個人的な夢としては、難聴や耳鳴りの根本的な治療法を確立することです。その一環として、大学発ベンチャー企業として「オトリンク」を立ち上げ、iPS細胞を活用した創薬の研究を進めています。そして、もう一つ重要なのが、医療の枠を超えた社会的な取り組みです。難聴は認知症の危険因子とも言われています。難聴の高齢者が適切に補聴器を装用できるように、医療・経済・行政が連携した制度設計にも関わっていきたい。一人でも多くの難聴の方が、豊かで質の高い生活を送れるよう、研究と実践を続けていくことが私の使命だと感じています。
Profile
院長 小川 郁
オトクリニック東京 院長 小川 郁 先生は、1981年に慶應義塾大学医学部をご卒業後、同大学病院耳鼻咽喉科助手、静岡赤十字病院、ミシガン大学クレスギ聴覚研究所研究員などを経て、1995年に慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科専任講師に就任されました。その後、2002年に同科教授、2014年には学部長補佐(教育担当)を歴任され、長きにわたり医学教育と聴覚医学の研究・診療に尽力されました。2021年に慶應義塾大学名誉教授に就任されると共に、難聴や耳鳴りに特化した専門クリニックとしてオトクリニック東京を開業し、院長に就任。現在も公益法人 国際耳鼻咽喉科振興会 副理事長を務めるなど、日本の聴覚医療の発展に貢献し続けています。長年の経験と研究に裏打ちされた、患者様一人ひとりに合わせた最先端の治療を提供されています。