医師を志した原点から、地域に根差すクリニック開業までの歩み
2025.08.01
「気軽にかかれる専門医」を浜松の街に。ながさかハートクリニック・長坂士郎先生が、激動の継承開業とスタッフへの深い愛を語る。
ながさかハートクリニック
院長 長坂 士郎
静岡県浜松市中央区にある「ながさかハートクリニック」。2012年の開業以来、循環器内科の専門性を活かしながら、地域住民の健康を支える「かかりつけ医」として親しまれています。今回は、院長の長坂士郎先生にインタビューを実施しました。幼少期に医師を志したきっかけから、前身である神川内科医院からの激動の継承開業ストーリー、日々実践されているスタッフ教育、お人柄が垣間見えるユニークな集客の裏側まで、ざっくばらんに語っていただきました。患者さんや地域医療への熱い情熱が伝わる長坂先生のインタビューをお届けします。
—長坂先生が医師を志すことになった最初のきっかけからお伺いできますでしょうか。
一番古い記憶をたどると、昔NHKで放送されていた『黄金の日日』という大河ドラマを家族で見ていたんです。その番組の後にユニセフの映像が流れて、栄養不足でお腹が膨らんだアフリカの子どもたちの姿が映し出されました。「世界にはこんなに大変な子どもたちがいるんだ、こういう人たちを助けたいな」と思ったのが、おそらく最初のきっかけですね。
—海外の子どもたちを救いたいという思いが原点だったのですね。他にご自身の経験なども影響しているのでしょうか。
自分自身が幼少期に喘息を患っていたことも大きいです。「なんでこんなに苦しいんだろう」「どうして良くならないんだろう」という疑問が、医学への興味に繋がっていきました。
—医療の世界へ進むにあたって、ご家族からの影響などはありましたか?
ちょっとした裏話なのですが、私の父親がエンジニアで、もの凄く優秀な人だったんですよ。逆立ちしても敵わないなと思うくらいで。同じ理系でも、父親と同じ工学系の道に進むと絶対に比較されてしまうなという思いがあり、違う分野である医学の道を選んだという側面もあります。いくつかの理由が重なって、結果的に幼少期から医師を目指すようになりました。
—先生は様々な病院で勤務医としてご経験を積まれ、2012年に「ながさかハートクリニック」を開業されました。開業に踏み切った経緯を教えてください。
実は、最初から「自分で新規開業しよう!」と思っていたわけではないんです。私は循環器内科医として、カテーテル治療などの急性期医療に日々没頭していました。やりがいも凄くありましたし、ずっと勤務医としてトップを走り続けるつもりだったんです。そこへ突然、大学院時代に週1回アルバイトに行っていた神川内科医院の神川先生からお電話をいただき、「病気をしてしまった。君、ここを継いでくれないか」と連絡がありました。
—突然のご指名だったのですね。カテーテル治療を続けたい気持ちがある中で、なぜ引き受ける決意をされたのでしょうか。
一度はお断りしようと思って、先生が入院されていた名古屋大学病院へお伺いしたんです。ただ、先生が色々と悩み抜いた末に私に声をかけてくださったという経緯や、その時のお話を拝聴しているうちに、「これは人として、男として、断るわけにはいかないな」という気持ちに変わっていきました。
—医療のバトンを繋ぐ決意をされたのですね。決意されてから実際の引き継ぎまでは順調でしたか?
それが全くスムーズではなくて。3月末に神川先生とお話しして、4月末には「もう本格的にクリニックに入ってくれ」と言われたんです。引き継ぎ期間が実質1ヶ月しかありませんでした。当時勤めていた病院の部長や院長に平謝りで退職のお願いに行きました。神川先生は当時、医師会の副会長も務められていた偉い先生でしたので、周囲の先生方も「あの先生に頼まれたなら仕方ないな」と理解して送り出してくださいました。
—引き継ぎ後は、スタッフの採用や職場の環境づくりで大変なご苦労があったとお聞きしました。
最初は神川先生の時代からの紙カルテで、何の情報もない状態だったので、コツコツとサマリーを作ることから始めました。その後、電子カルテを導入したのですが、入力補助のスタッフを採用したものの「もう私には無理です」と、たった3日で来なくなってしまって……。あれは本当に参りましたね。でも、その後に来てくれた方が非常に努力家で、4年ほどかけて完璧にこなしてくれるようになり、今では事務方を引っ張ってくれています。
—事務方だけでなく、看護師のチーム作りでも紆余曲折があったそうですね。
神川先生の時代からの看護師さんたちが電子カルテへの移行などを機に全員入れ替わることになり、私のICU時代の優秀な看護師を引き抜いたんです。ただ、その子が優秀すぎて他のスタッフに厳しく接してしまい、一時期職場の雰囲気が悪くなってしまいました。その後、私の妻のママ友で準看護師の方が新しく入ってくれたことで全体のバランスが良くなり、最終的には元の優秀な看護師も円満に退職していきました。今は素晴らしいメンバーが揃い、とても良い雰囲気で診療ができています。
—素晴らしいチームが完成したのですね。スタッフの採用や教育において、長坂先生が最も大切にされていることは何でしょうか。
私は、極論を言えば「仕事は最初できなくてもいい」と思っています。それよりも重視しているのは、「愛想が良くて、優しいこと」。例えば、おじいちゃんが院内で前に進めなくて困っている時、目の前にある荷物をサッと退かしてあげられるような、そして優しい行動を自然とできる「思いやり」のある子を最優先で採用しています。
—開業後の集客について、ホームページの立ち上げをきっかけに予想以上の反響があったとお聞きしました。
最初はホームページなんてなかったのですが、軽い気持ちで立ち上げ、中に「質問コーナー」を設けたんです。これが大反響で、私は一つひとつの真剣なお悩みに丁寧に返信をしていきました。うちのクリニックを無理に勧めるのではなく、客観的なアドバイスを送り続けたところ、「ここまで丁寧に返信をもらったのは初めて。ぜひ長坂先生に診てもらいたい」と、遠方からも新患さんが爆発的に来てくださるようになりました。
—先生の誠実な対応が信頼を生んだのですね。それでは、先生のこれからの「夢」や「目標」を教えてください。
まずは「自分の自由な時間を作ること」ですね。現在は医師会の仕事もあり、日々データの整理をするだけでも時間が足りない状態です。今後はアルバイトの先生に来ていただくなどして、少し自分の時間を作れる体制にしていきたいです。そして目標は、やはり「今いる素晴らしいスタッフと共に、これまで通りの質の高い医療を地域の皆さんに提供し続けること」医学の知識もしっかり最新のものにアップデートし続け、貢献していきたいと思っています。
—最後に、これから開業を目指す若い先生方に向けて、アドバイスやメッセージをお願いいたします。
私は「継承開業」という形をとりましたが、最初から患者さんが大勢いらっしゃり、ゼロからのスタートではないという点で非常に大きなメリットがありました。若い先生方には、ぜひ「継承開業」という選択肢も視野に入れ、医師会の集まりなどに積極的に顔を出して横の繋がりを作り、アンテナを高く持っておいてほしいなと思います。
Profile
院長 長坂 士郎
ながさかハートクリニック院長。1996年浜松医科大学医学部医学科卒業。同大付属病院内科をはじめ、県西部浜松医療センター、袋井市民病院、社会保険浜松病院などで循環器内科医として研鍛を積む。2003年に浜松医科大学大学院へ進学し、2007年からは聖隷三方原病院循環器科医長として急性期医療の最前線でカテーテル治療を牽引。2011年、前身である神川内科医院の副院長に就任し、翌2012年7月に「ながさかハートクリニック」を開業・院長に就任。現在は浜松市医師会副会長、看護学校の副校長、浜松市内科医会会長も務める。「気軽にかかれる専門医」を理念に掲げ、高い専門性と圧倒的な親しみやすさで、地域のよろず相談所として日々患者に寄り添い続けている。