Interviewインタビュー

地域に根ざし未来を拓く、明和病院の挑戦

医療法人 信和会 明和病院

理事長 山中 若樹

医療法人信和会明和病院の理事長である山中若樹先生は、これまで多くの患者さまの命を救い、地域医療の発展に尽力されてきました。現在は院長職を後進に譲り、理事長として病院全体の運営と人材育成に注力されています。その歩みは決して一直線ではなく、友人や親族からの言葉、そして偶然の出会いが重なり合い、医師としての道を形づくってきたといいます。高校時代は父母そろって医学以外の道を進められたが、祖父が医師でもあり医学部に通学していた従兄や友人の影響で医学部へと進学。その後、大学や国外での研鑽を積み、やがて明和病院に深く関わることとなりました。赴任当初から専門としていた肝臓・胆道・膵臓領域に力を注ぎ、大学病院に匹敵する実績を築き上げたほか、職員や新人に対する医療人としての教育にも強いこだわりを持って取り組まれています。今回は、山中先生の視点から、明和病院の強み、人材育成、そしてこれからのビジョンまでを伺いました。

医師の道は「人との縁」から拓かれた 明和病院が目指す「親切と信頼」の地域医療

医師への道は人との出会いから

まずは、山中先生が医師を志すことになったきっかけを教えていただけますか?

はい、高校時代、親しい友人が医学部を受験するということが一つのきっかけです。それから、私の祖父が医師であり、親戚に医師が多く、小さいころ従兄と遊んでいたときに「医者になったら」と勧められたことも影響しましたね。このように周囲の環境に知らぬ間に流されていった感じですね。両親は、母は建築士に、学者であった父は外交官になったらいいといわれ、全く別の道を進められていたのですが(笑)。

お母様が建築士を勧められていたのですね。

そうなんです。私も高校時代は母の影響で建築科を目指していました。ですが、友人と従兄弟の言葉がきっかけで、医師の道へと進路を変えました。

その後、信州大学医学部を卒業、兵庫医科大学第一外科に入局され、カリフォルニア大学への留学も経験されています。そして明和病院に赴任されたきっかけはどのようなことだったのでしょうか?

当時はまだ臨床研修医制度がなかったのですが第一外科に入局後2-3年経ちますと関連病院で修練をする制度があり、偶然にも明和病院に赴任することになりました。その当時、明和病院は新明和工業という会社の方が理事長をされており、1年間の修練が終わり、去る時に、病院の玄関で「将来必ずこの病院に戻ってきてください」と言われたことを憶えています。その言葉が直接的な理由ではないのですが、後から振り返ると、そういった声掛け、ご縁もあったのかなと。その後、大学病院で四半世紀足らず臨床・研究に励んでいましたが、助教授だったので教授選がありその結果、大学以外の病院で働くことに決めました。 行き先を決めるにあたって、色々なお誘いがありましたが、最大のきっかけは、当時の明和病院の院長先生と通勤電車で偶然の出会いがあり、世間話をする中で「明和病院に来ないか?」と誘っていただいたのです。自宅から近かったし、昔の楽しい思い出もあり、それが一番の理由で決めてしまいました。シンプルな理由でした。

地域医療を牽引する明和病院の「強み」

他の病院にはない、明和病院の強みや差別化できる点は何だと思われますか?

私が明和病院に赴任してからは、自ら専門としていた肝臓・胆道・膵臓領域の外科に特に力を入れました。大学の第一外科はその分野で西日本トップの実績を上げていたこともあり、その経験をそのまま持ち込んだのです。もともと一般の民間病院で肝臓の手術を行うことは当時稀だったのですが、私の赴任後は急激に紹介が増え、手術件数も増えました。当時は大学病院やがんセンターを含めても、肝臓手術の症例数で全国20位以内に入っていたことがありました。これは奇跡的なことだと思っていました。 その他、当時は透析とか糖尿診療やスポーツ整形なんかが頑張っていました。もう一つは、整形外科のスポーツ医学です。スポーツ医学で有名な神戸大学の整形外科から医師が派遣されていたためです。教育面ではセミナーや講演会を行える「明和ホール」を設立するなど、民間病院としては教育にかなり積極的に投資していきました。これらが他院との差別化につながっています。

人材育成に注ぐ情熱と、病院の挑戦

人材教育で意識されていることはありますか?

実は、私の父は大学の教師でしたので、その血を受け継いでいるのかもしれません。私の長男も教師になりました。私は、医療人を育てるべく教育が非常に重要だと考えておりました。 当院に赴任してから、大学病院に長い間務めたせいか、若手医師には「学会発表をしなさい、論文を書きなさい」と積極的に勧めました。その結果、当院の外科は学会発表が非常に増え、海外での発表や受賞までもしました。臨床のみならず学会や論文で実績を積んだ医師の中には、大学から勧誘されそれ相当な地位を与えられた者もいました。人材を育て多能化させるために看護師やコメディカル部門にも、様々な部署をローテーションさせるようにしました。

明和病院の経営理念について教えてください。

当院の経営理念は「親切と信頼」です。掲げるだけでなく、実際に達成するために人事評価に取り入れています。具体的には、「親切・信頼・スピード・遂行・遵守」の5つのSを掲げ、これらの達成度を人事評価の基準にしています。当院ではこの理念を浸透させるために、医師、看護師、コメディカルから診療姿勢について相互にアンケートを取り、切磋琢磨する相互評価を行う仕組みを導入しています。

院長としての喜びとビジョン

院長として、最も嬉しかった瞬間はどのようなときでしたか?

明和病院に来て、肝臓・膵臓領域の手術を大学レベルでやっていこうと邁進してきました。当時、医師が40~50人ほどだったのが、今は160人ほどになり、職員も2倍になりました。病院の規模も数倍に拡大し、キャンサークリニックやペットセンター、放射線治療装置も導入しました。この20数年間で、病院が見違えるほど変わったことに、大きな達成感を感じています。

最後に、明和病院の今後のビジョンを教えてください。

現在、新本館の建て替え工事が進んでおり、2年後には完成する予定です。新病院では、より質の高い医療サービスを提供できるようになります。また、昨年開院したリハビリテーション病院も軌道に乗り始め、急性期病院(本館)とリハビリ病院(第2病院)が一体となって、地域医療に貢献していきます。 私自身のビジョンとしては、明和病院の経営理念である「親切と信頼」が職員にしっかりと浸透し、全員がその理念を体現していく病院になってほしいと考えています。理念は飾るものではなく、実行するものです。私にとっての夢は、もう夢ではありません。すべて現実として捉え、実行する対象なのです。

Profile

理事長 山中 若樹

医療法人信和会明和病院 理事長の山中若樹先生は、長年にわたり大学病院で研鑽を積み、カリフォルニア大学への留学も経験した外科医です。かつては明和病院の院長として現場を率い、大学レベルの高度な外科手術を地域で提供できる体制を築いてこられました。現在は理事長として病院経営と次世代の医療人育成に力を注ぎ、整形外科やリハビリテーションなど幅広い分野の発展にも寄与されています。経営理念に掲げる「親切と信頼」を基盤に、地域に根ざしながら先進的な医療と人づくりを両立させるリーダーとして歩みを続けています。

会社情報

医院名

医療法人 信和会 明和病院

設立

1954年