地域に根差した「医療完結型」クリニックへの挑戦–田中整形外科まりこ眼科 田中 稔一郎インタビュー
2026.03.04
胃がん・大腸がんの死亡率ゼロを目指して、最先端の内視鏡医療と地域への想い。
みずもと内視鏡・消化器内科クリニック
院長 水本 吉則
京都市伏見区、京阪「藤森駅」から徒歩5分という利便性の高い場所にある「みずもと内視鏡・消化器内科クリニック」。院長を務める水本吉則先生は、国立病院機構京都医療センターで34年もの間、消化器内科・内視鏡治療の最前線に立ち続けてきた、まさに「職人」と呼ぶにふさわしいスペシャリスト。今回は水本先生に、医師を志した意外なきっかけから、長年勤めた大病院を離れあえて厳しい経営の世界へ飛び込んだ真意、そして地域医療にかける熱い情熱について伺いました。
—まずは、水本先生が医師を志された意外なきっかけからお聞かせいただけますか?
正直に言うと、最初から強い志があったわけではないんです。我が家は代々植木屋で、医療従事者は一人もいませんでした。きっかけは父の「仕事をするなら、医者か弁護士かパイロットがいいんじゃないか」という言葉でした。当時、中学の成績が良かったこともあって「医者を目指そう」と進路を決めました。
—その後、消化器内科を専門に選ばれたのはなぜですか?
私が医師になった当時、内視鏡が「検査するもの」から「治療できるもの」へと急速に進化する時代に立ち会えたのが大きかったです。それまで外科手術が必要だったものが内視鏡だけで治せるようになっていく、その技術の発展を目の当たりにして「これはやりがいがある」と感じ、この道を極める決意をしました。
—京都医療センターで34年以上勤務された中で、特に印象に残っていることは何ですか?
様々な治療の進歩を経験し、特許を取ったり、若い医師を教えたりと大きな病院でやれることはやり切ったという感覚がありました。2022年には内視鏡治療センター長も務めましたが、その長年の経験が現在のクリニックでの精密な診断や治療の礎になっています。
—30年以上勤めた大病院を辞め、あえて開業を決断された想いについて教えてください。
胃がんも大腸がんも、早期に発見さえできればほとんど命を落とすことはありません。だとすれば、地域に根ざしたクリニックとして一人でも多くの方に気軽に検査を受けてもらうことが、死亡率を下げることに直結する。その「早期発見で救える命」を増やしたいと強く思いました。
—特に「膵臓がん」の早期発見にも力を入れられているとお聞きしました。
はい。膵臓がんは「沈黙の臓器」と呼ばれ発見が難しいですが、超音波内視鏡を使えば早期発見できるケースがあります。この機器を持つクリニックは近畿でも数件程度です。それならば、専門知識と経験を持つ自分が地域の方々のためにやるべきだと思いました。
—「みずもと内視鏡・消化器内科クリニック」の今後のビジョンを教えてください。
2年後には法人化し、分院展開も視野に入れています。さらには自費診療や人間ドック、そして入院できる病院の取得も考えています。「内視鏡で京都ならここ」と言われるブランドを確立し、病院以上の医療を地域に届けるのが夢です。
—最後に、これから開業を目指す医師の方々へアドバイスをお願いします。
「戦略なき開業」は避けるべきです。医師としての腕を磨くのと同じくらい、経営者としての準備、特にWebマーケティングや競合との差別化戦略を立てることが不可欠です。私自身、準備不足で苦労したからこそ、これからの方にはしっかりとした戦略を持って踏み出してほしいですね。
Profile
院長 水本 吉則
1989年に近畿大学医学部を卒業後、同大学第2内科へ入局。1991年より国立京都病院(現:京都医療センター)にて研修をスタートし、1994年からは同センター消化器科常勤医として勤務。34年間にわたり同センターの屋台骨を支え、2020年には「肝・胆道・膵がんユニット長」、2022年には「内視鏡治療センター長」を歴任した、内視鏡医療の重鎮である。 そして、2023年4月地域がん死亡率の低減を掲げ「みずもと内視鏡・消化器内科クリニック」を開院。