Interviewインタビュー

七つの心を大切に、在宅医療に向き合う蒔田勇治院長のまなざし

ななみ在宅診療所

院長 蒔田 勇治

「人生の後半は、与える側でありたい」 そう語るのは、ななみ在宅診療所の蒔田勇治院長。経済学部を卒業し、社会人経験を経て、医師という道へ進んだ異色の経歴を持つ先生です。耳鼻咽喉科・頭頸部外科を専門に、病院で多くのがん患者と向き合ってきた経験を土台に、今は地域での在宅医療に力を注いでいます。素直・反省・謙虚・奉仕・感謝・明朗・同事という「七つの心」に支えられながら、患者さんやご家族にそっと寄り添う蒔田院長の言葉から、医師としての誠実な姿勢と温かいまなざしが伝わってきました。

地域に寄り添い、心を診る在宅医療

劣等感を越えてたどり着いた医師の道と、与える側になるための決断

先生は初めから医師を志していたわけではないそうですね。

そうなんです。実は経済学部出身で、卒業後はIT企業に就職していました。でも当時は目標もなく、学生時代から“慶應に補欠で入った”という劣等感をずっと引きずっていて……。周囲は優秀な人ばかりで、挫折感を抱えながらなんとか卒業したんです。そんな背景もあって、仕事に対してもどこか他人事のような気持ちで、“このままじゃ本当に人生が終わってしまう”と感じていました。

そこから医療の道へ方向転換されたきっかけは何だったのでしょうか?

もともとスポーツが好きで身体に関心があったのもありますが、“中途半端なことはしたくない”という想いが強かった。そんな時期に医師という職業が心に浮かび、決意しました。今でも当時の自分を思い出すと複雑な気持ちになりますが、だからこそ、50歳を迎えた節目に“今度は与える側として生きていきたい”と思ったんです。自分の過去を乗り越える意味でも、開業という選択は自然な流れでした。

在宅医療との出会いについても教えてください。

“全身を診る医療”という考え方に惹かれていた時期に、江戸川区にある『しろひげ在宅診療所』と出会いました。右も左もわからず現場に飛び込みましたが、先生方や看護師さんたちに支えられて、徐々に在宅医療の魅力と深さを感じていきました。その学びを形にしたのが『ななみ在宅診療所』です。

在宅医療の現場で学んだ感謝と謙虚の心、信頼を築く日々の積み重ね

開業してから、特に大変だったことはありますか?

今まさに苦戦しています(笑)。江戸川区では関係性ができていたので、紹介も安定していましたが、新しい地域では“知ってもらう”ことから始めないといけない。認知を広げていく難しさは痛感しています。

それでも、やりがいを感じる瞬間はありますか?

もちろんあります。スタッフと一緒にクリニックを成長させていけている実感があるときは、とても嬉しいですね。私を含め4人でスタートしましたが、皆が主体的に意見を出してくれますし、医療はチームで行うものだと日々感じています。在宅医療では、ケアマネジャーさんやヘルパーさん、ご家族まで含めて一つのチーム。だからこそ、医師として“謙虚さ”を忘れずにいたいと思っています。

専門性を活かしながら、全身を診る視点を大切に

ご自身の専門領域についても教えていただけますか?

耳鼻咽喉科と頭頸部外科を専門にしています。大学病院では主にがんの治療に携わってきました。特に頭頸部領域のがんや褥瘡の管理など、重症例の対応には多くの経験を積ませてもらいました。在宅医療においては、通院が困難な方への対応や、緩和ケア、医療機器の管理が求められる場面も多いですが、専門性を活かして全身を診ることを意識しています。嚥下障害に関しては、耳鼻咽喉科の知見をもとに今後は内視鏡も導入して、より精度の高い評価や対応を行えるよう準備を進めています。

診療の際に意識していることはありますか?

“全体を診ること”を大切にしています。在宅医療では、病気の部位だけでなく、その方の生活環境やご家族の状況も含めて診なければなりません。最初は耳鼻咽喉科の専門性を前面に出すつもりはなかったのですが、実際に訪問診療を始めてみると、嚥下や難聴などの相談が多く寄せられました。耳鼻咽喉科で訪問診療を行っている医師はまだ少ないので、そこにニーズがあることを実感しています。エリアとしては板橋区を中心に、北区、練馬区、豊島区、さらに川口や戸田にも訪問の範囲ですね。

七つの心を礎に据えた、地域に寄り添う24時間365日の在宅医療

クリニック名にもなっている「ななみ」には、先生の信念が込められているそうですね。

そうですね。きっかけは、あるとき出会った“日常五心”という仏教の言葉です。“素直・反省・感謝・謙虚・奉仕”という5つの心を日々大切にする考え方に共感し、そこに自分の考える『明朗(明るく)』『同事(同じ目線で:他者の立場に立って共感すること)』の2つを加えて、“七心(ななみ)”という形にしました

理念としては、どのようなことを掲げていらっしゃいますか?

“24時間365日、患者さんやご家族の心に寄り添う医療”です。これは、私が在宅医療を学んだ『しろひげ在宅診療所』の理念でもありますが、自分でも心から共感している考えです。体だけでなく、価値観や生活背景に目を向けること。その方の人生にとって本当に必要な選択は何かを考える姿勢が大切だと思っています。時には医学的な正解よりも、ご家族の希望を優先する場面もあります。レスパイト入院なども含め、生活を支える選択肢を提案できる存在でありたいと思っています。

将来的なビジョンについてもお聞かせください。

まずは開業から1年で常勤ドクターを1人、2年で2人という体制にすることを目指しています。その先は、分院展開も視野に入れています。最終的には“医師”というプレイヤーから、“経営者”として地域全体に貢献できる存在になりたいです。“自由な時間を作る”という目標もありますが、それは今以上に社会に与える側になったうえで実現したいですね。

食べる喜びを届けたい、専門性と経験を生かした全人的な医療のかたち

現在、どういった患者さんの受け入れを想定されていますか?

病院への通院が困難な方や、在宅酸素・カテーテルなどの医療管理が必要な方、また緩和ケアをご希望の方などが対象になります。在宅医療では、身体の状態だけでなく、その方の“生活”をまるごと支える視点が必要です。その中でも、嚥下障害への対応には特に力を入れています。高齢になると飲み込む力が落ちて、“もう食べられません”と言われてしまうこともありますが、私は“どうにかして食べる喜びを残せないか”を常に考えています。

それは、耳鼻咽喉科としてのご経験があるからこそですね。

そうですね。嚥下機能の評価には専門知識と経験が必要ですし、今はご自宅でも内視鏡を使った評価ができるよう体制を整えているところです。“もうダメだ”と諦めずに、食事を楽しめる環境をつくってあげたい。大学病院ではがんや褥瘡の患者さんも多く診てきましたので、そうした重度のケースにも対応できます。

全国に広がる「ななみ在宅診療所」の輪、医師として地域に果たす役割

今後、どのような夢をお持ちですか?

“ななみ在宅診療所”という名前が、全国的にも“あそこは親身になってくれるよね”と認知されるようになることが一つの夢です。ただ広げるだけではなく、しっかりとした医療と誠意ある対応を積み重ねて、信頼される存在になっていきたい。私自身が、そうやって人から与えてもらってきたからこそ、今度は自分が“与える側”に回りたいと思っています。

最後に、これから開業を目指す先生方にメッセージをお願いします。

在宅医療は病院と違って、必ずしも正しい医療をすればいいというわけではありません。生活背景や人間関係が複雑に絡み合っていて、現実的にできないことも多い。たとえば認知症の方に1日3回の薬を出しても、実際に飲めるのは1回かもしれない。そんな中で、いかにその人らしい生活を支えるかが問われます。だからこそ、関係職種との連携、コミュニケーションが何より大事です。それを楽しめる人なら、きっと在宅医療は天職になりますよ。

Profile

院長 蒔田 勇治

医療の正解が一つではない在宅の現場で、蒔田勇治院長は、患者さんやご家族の思いを何よりも大切にしながら、日々の診療を重ねています。医師として、そして人として、どう関わるか。そんな視点を忘れず、地域に根ざして信頼を築く姿には、多くの人が安心を覚えるはずです。これから“ななみ在宅診療所”という名前が全国でも親しまれる存在となるよう、静かに、でも確かな歩みを続けていく先生のこれからがとても楽しみです。

会社情報

医院名

ななみ在宅診療所

設立

2025年4月