Interviewインタビュー

「入口から出口まで」地域に寄り添う医療を、医師としての信念と挑戦

仙台みやぎの訪問クリニック

院長 川村 雄剛

医療の進歩とともに、人々のニーズも多様化しています。特に高齢化が進む現代において、住み慣れた地域やご自宅で安心して医療を受けることができる「訪問診療」の重要性が増しています。2025年、宮城県仙台市宮城野区に開業された仙台みやぎの訪問クリニックの院長 川村 雄剛先生は、長年の臨床経験と、東日本大震災での壮絶な経験を通じて培われた「全ての患者さんを診る」という強い信念のもと、訪問診療の立ち上げを決意されました。本記事では、消化器内科・内視鏡の専門医として高度な医療技術を持つ一方で、総合診療医としても活躍されてきた川村先生に、医師を目指したきっかけ、訪問診療を選んだ理由、そしてこれから目指すクリニックの未来について、詳しくお話を伺いました。

なぜ、訪問診療という形で地域医療に貢献するのか?仙台みやぎの訪問クリニック 院長 川村 雄剛 先生に聞く、医師としての信念と挑戦

医師を志した原点と東日本大震災での転機

まず、医師を目指されたきっかけについて教えていただけますか?

やはり、父が小児科医だったことが一番大きいです。父はNICU(新生児集中治療室)に長く勤めていたため、土日も病院に行くのは日常で、私も幼い頃から病院に連れられていました。NICUの隣の控え室で父の仕事が終わるのを待ちながら、小さな命と向き合う父の姿をいつも見ていましたね。純粋に「お医者さんってすごいな」と憧れていました。当時は、医師になるためにどれほどの勉強が必要かなど考えもせず、ただただ「父親のようになりたい」という、職業への単純な憧れがきっかけです。

その後、小児科ではなく消化器内科に進まれました。そこには何か大きな理由があったのでしょうか?

2011年3月の東日本大震災は、私にとって医師としてのキャリアにおける大きな転機でした。当時、仙台赤十字病院の初期研修医として災害医療の現場にいた私は、情報が錯綜する中で、診療体制が限られ、専門領域外の患者対応に戸惑う場面も多くありました。そのような状況を目の当たりにし、改めて「医師はどのような状況でも、できる限り患者さんを支える姿勢が大切だ」と強く感じました。この経験から、専門分野に関わらず、医師は患者さんを総合的に診るべきだと強く痛感したのです。 この信念のもと、本来は総合診療に進みたかったのですが、当時の状況を鑑み、内科の中でも守備範囲が広く、内視鏡治療にも強みを持つ消化器内科を専門に選択しました。専門性を磨きながらも、プライマリケアや総合診療への意識は常に持ち続け、それが後の訪問診療へと繋がる原点となっています。

大震災での経験が、医師としての根本的な価値観を変えたのですね。

その通りです。その経験から、消化器内科の専門性を磨きつつ、プライマリケアを学び、北海道で総合診療や産業医、そして在宅医療(訪問診療)にも携わるようになりました。病院の総合診療科で働きながら、内視鏡診療と訪問診療を兼任する生活を続け、2つの病院で訪問診療の立ち上げにも関わりました。

親子の確執を超えて、仙台での訪問診療開業へ

仙台に戻り、訪問診療クリニックを開業された経緯について教えていただけますか?

一番のきっかけは、父が高齢になり、「帰ってきてほしい」という要望が強くなったことです。実は、私が小児科にならなかったことで、父とは長年、確執がありました。「小児科をやらないなら、もうここでやる必要はない」と言われるほどで、クリニックを継ぐ話すらままならない時期もあったんです。 しかし、ここ数年で父の考えが変わり、私が「小児科以外の形で戻り、法人を承継するならどういう形があるか」という提案をパワポにまとめ、家族会議でプレゼンする機会を得ました。

お父様へのプレゼンテーションですか。具体的にどのような内容だったのでしょうか?

提案は大きく分けて二つありました。一つは、従来の診療所を新しく建て替え、小児科と内科の二世代でやっていくというもの。もう一つが、時代のニーズと私の経験を活かし、サテライトクリニック(分院)として訪問診療を軸に展開するという形です。リスクやメリット・デメリットを詳細に説明した結果、父も「それなら在宅でやっていくのが良いだろう」と承諾してくれました。 私は長年の経験から、通院が困難な方々への医療の必要性を強く感じていました。その経験を活かし、地域に貢献できる訪問診療という形で仙台に戻ることが決まったのです。

仙台みやぎの訪問クリニックは、お父様のクリニックの分院という形なのですね。

はい。父の小児科クリニックが本院としてあり、私は分院として訪問診療に特化したクリニックを立ち上げました。私自身は、小児科医の資格はありませんが、医師免許を持っていれば小児科も含め、幅広い診療が可能です。将来的には、小児科と在宅医療が連携することで、「子供から大人まで、入口から出口まで」をカバーする、地域医療の理想的な形を実現したいと考えています。

医師として喜びを感じる瞬間と、クリニックの理念

先生が医師として、最も嬉しかったり、幸せを感じたりする瞬間はどんな時ですか?

医師として最高の幸せを感じるのは、患者さんからの感謝の言葉です。専門である内視鏡検査で「先生の検査が楽だった」と言われると、技術者として非常に嬉しい。また、病院というネガティブな場所にもかかわらず、外来で「先生の顔を見ると元気になる」と言っていただけると励みになります。訪問診療や外来で最期のお看取りの際、ご家族から「最後まで看てもらえてよかった、ありがとう」と言葉をかけていただいた時、患者さんの人生に関わり、「関わってよかった」と思える瞬間こそが、私にとって最高の幸せです。

訪問診療を選んだ先生の、クリニックの経営理念についてお聞かせください。

私たちの理念は、「通院が困難な方を医療で支える」ことです。様々な理由で通院が難しくても、誰もが安心して医療を受けられるようにしたい。いまだに「無理をしてでも通院しなければ」と思っている方が多いのですが、高齢化社会において、無理は禁物です。 また、訪問診療は、総合的な診療が求められます。患者さんが抱える複数の病気を、一つの場所でまとめて診ることで、通院の負担を大幅に減らすことができます。いくつもの病院を回る手間やコストを解消し、「病院と同じか、それ以上の安心感」を、ご自宅にお届けすることが、私たちの使命だと考えています。

目指す未来と、開業医を目指す先生方へのメッセージ

仙台みやぎの訪問クリニックとして、2〜3年後の具体的なビジョンを教えていただけますか?

まずは、経営の安定化を図ることが最優先の目標です。 具体的には、月間で約100名の患者さんを継続的に診療できる体制を整えることを目指しています。そのうえで、毎年100名ずつ患者数を増やしながら、地域のニーズに応えられる規模へと発展させていきたいと考えています。 ただし、患者数の拡大には、医療の質を保つための体制づくりが欠かせません。医師・看護師・事務職員の人材確保と育成を並行して行い、チーム全体が成長しながら地域に貢献できる組織を目指しています。 また、「やった分だけ報われる」職場を理念に掲げ、スタッフへのインセンティブ制度も導入しました。営業活動で新たな患者さんを獲得するなど、個々の努力を正当に評価し、モチベーションの向上につなげています。全員でクリニックを育てていく文化を根づかせたいと考えています。 地域連携の面では、訪問診療をより多くの方に知っていただくため、ケアマネジャーさんや訪問看護師さん、薬剤師さんなど、在宅医療を支えてくださる多職種の皆さんと勉強会を開く取り組みも検討しています。顔の見える関係づくりを通じて、地域全体で安心できる在宅医療の仕組みを築いていきたいですね。

最後に、これから開業医を目指す先生方や、同じような境遇の先生方へ、メッセージをお願いします。

訪問診療の開業は、外来診療に比べると初期投資を抑えて始められる一方で、経営者としての課題が多くあります。物品の仕入れやシステム構築、人材採用など、すべてを自らの責任で立ち上げる必要があります。 しかし、それを他人任せにせず、経営の基本を自分の手で学びながら実践していくことが、長期的には大きな財産になると思います。 一方で、在宅医療には独自の難しさもあります。特に診療報酬の算定は非常に複雑で、在宅に精通した医療事務スタッフがいないと、算定漏れや算定ミスが起こりやすい領域です。 体制が整っていない状態で参入すると、経営的にもリスクが高く、まさに“諸刃の剣”になりかねません。ですから、十分な準備と人材確保をしたうえで取り組むことを強くおすすめします。 そして、医師の仕事はAIには代えられない「人と人との信頼関係」が基盤です。 地域の医師会や多職種の会合などに積極的に参加し、顔を合わせて関係を築いていくことを大切にしてほしいと思います。その積み重ねが、結果的により良い医療と地域への信頼につながるはずです。

Profile

院長 川村 雄剛

仙台みやぎの訪問クリニックの院長、川村 雄剛(かわむら ゆうご)先生は杏林大学医学部を卒業後(2010年3月)、仙台赤十字病院にて初期臨床研修を開始(2010年4月)。その後、仙台赤十字病院 消化器内科(2012年4月)、昭和大学横浜市北部病院 消化器センター(2013年4月)、日鋼記念病院 消化器内科(2013年8月)を経て、新百合ヶ丘総合病院 消化器内科で研鑽を積まれました(2014年4月)。この間、横浜まちだクリニックでの非常勤勤務(2015〜2016年)を通じて、早くから訪問診療に携わっています。清水赤十字病院の消化器内科・総合診療科部長(2016年10月)として、地域の総合診療の要となり、その後は医療法人同樹会 苫小牧病院 消化器内科部長(2021年4月)として、内視鏡診療と訪問診療の立ち上げを経験。長年の経験で培った総合診療の力と、専門医としての技術を活かし、仙台みやぎの訪問クリニックを開業。患者さんの「入口から出口まで」を支える、地域に根差した医療の提供を目指しています。

会社情報

医院名

仙台みやぎの訪問クリニック

設立

2025年