患者様の人生を変える選択肢を。ブレストサージャリークリニック岩平佳子院長が若手医師に伝えたい外科医の重責
2026.05.20
敷居が高い婦人科から、友人のように相談できる場所へ。神谷町WGレディースクリニックの尾西芳子院長が紡ぐ、笑顔と信頼の医療
神谷町WGレディースクリニック
院長 尾西 芳子
現代を生きる女性たちは、仕事に家庭、子育てと日々忙しいスケジュールをこなしています。そんな中、ついつい後回しにしてしまいがちなのが、自分自身の身体のケアや健康です。「婦人科は敷居が高い」「妊娠しないと行ってはいけない場所なのでは?」という心理的なハードルをなくし、友人に相談するような感覚で気軽に来院してほしいと語るのは、神谷町WGレディースクリニックの院長・尾西芳子先生です。今回のインタビューでは、尾西先生が医師を志したユニークなきっかけから、開院に至るまでの軌跡、そしてスタッフとともに築き上げる理想のクリニックの姿について、たっぷりとお話を伺いました。
—まず初めに、尾西先生が医師、そして産婦人科医を目指されたきっかけについてお聞かせいただけますか?
実は、最初はすごく単純なきっかけだったんです。小学生の時に『ニュートン』という科学雑誌を読んでいたら、赤ちゃんが卵から大人へと成長していく胎児の神秘的な写真が載っていたんですね。それを見たとき、子供ながらに「人間って卵だったんだ!」とものすごく感動してしまって。すぐに母のところへ行って「人間って卵なんだね!」って話したら、母が「じゃあ産婦人科医になれば?」と言ったんです。それを聞いて「そうか、産婦人科医というものになればいいんだ!」と思ったのがすべての始まりです。
—お母様の一言が大きな指針になったのですね。その後、医学部への進学はスムーズだったのでしょうか。
それが全然スムーズではなくて。高校生の時に理系だったのですが、数Ⅲ・数Ⅳがどうしてもできなくて、一度文系の大学(神戸大学国際文化学部)に進学して卒業したんです。でも、いざ就職活動というタイミングになったときに、「やっぱり幼い頃からの夢だった医師になりたい」「人の役に立ちたい」という思いがどうしても諦めきれず、学士編入という形で再び勉強し直して、山口大学の医学部に入り直しました。
—文系大学を卒業されてから医学部へ進み直されたの乗ですね。海外にもご興味があったと伺いました。
そうですね。子供の頃から周りに外国人が多い環境で育ったこともあって、自然と海外の人と話すことや、海外に行くこと自体が大好きな子どもでした。そうした多様な環境に触れてきた経験も、今の私のオープンなコミュニケーションスタイルや、患者さんに対して境界線を作らずに接する姿勢に繋がっているのかもしれません。
—婦人科に対する「心理的な敷居を下げたい」という強い思いは、どこから生まれたのでしょうか?
研修医を終えたばかりの頃、夜間に緊急搬送されてきた30代前半の患者さんがいらっしゃいました。お腹がパンパンに腫れていて、卵巣がんが進行している状態だったんです。その患者さんと仲良くなってから、「どうしてもう少し早く病院に来てくださらなかったんですか?」と尋ねたら、「婦人科ってすごく敷居が高いし、妊娠しないと行っちゃいけない場所だと思っていました」とおっしゃって……。その方は最終的に亡くなってしまったのですが、その言葉がずっと胸に残ったんです。
—「知らなかった」と後悔する女性をゼロにしたい、という強いお気持ちですね。
本当にその通りです。だからこそ、患者さんが病院に来るまでに感じてしまう「時間的ハードル」「アクセスのハードル」「心理的ハードル」の3つを徹底的に下げようと決めました。
—その3つのハードルを下げるために、具体的にどのような環境を選ばれたのですか?
まず、働く女性たちが仕事の合間や前後に躊躇なく通えるよう、駅直結の神谷町トラストタワーという立地を選びました。これが「時間」と「アクセス」のハードル緩和です。そして最後の「心理的ハードル」を下げるために、私自身の笑顔はもちろん、友人のようにフランクに話せる雰囲気づくりを何よりも心がけています。専門医として対応できる範囲は全力で治療し、高度な専門性が必要な場合は信頼できる先生へお繋ぎする、そんな女性たちの最初の窓口でありたいと思っています。
—これまでの歩みの中で、一番苦労されたエピソードがあれば教えてください。
これは開院当初のスタッフ採用のお話につきますね。実は開院前の内覧会を行う前日に、中心メンバーとして一緒に準備を進めていた受付スタッフから「やっぱり働くのをやめます」と突然連絡が入ったんです。一瞬頭が真っ白になりました。さらに、もう一人の新人の受付スタッフもプレッシャーからパニックになってしまい、突然来なくなってしまって……。内覧会直前に、私ともう一人の検査技師の2人だけになってしまったんです。
—それは信じられないほどのピンチですね……! そこからどのように切り抜けられたのですか?
そのとき、残ってくれた検査技師の子がすごく頼もしくて、「私も受付の経験があります。最初はそんなに患者さんも来ないですから、いざとなったら2人で開院しましょう!」って言ってくれたんです。もう、めちゃくちゃ心強くて。その姿を見て、さっきの「できません」と言っていた受付の子も「やっぱり私も頑張ります!」と戻ってきてくれて、なんとか3人でスタートを切ることができました。そのとき支えてくれた検査技師の子は、今でもうちのクリニックの大きな柱として一緒に働いてくれています。
—素晴らしいドラマがあったのですね。現在のスタッフの環境づくりで意識されていることはありますか?
スタッフには「クリニックでは我が家にいるようにリラックスして過ごしてほしい」と伝えています。もちろん仕事はきっちりやりますが、人間って緊張していると、本来の力の6割くらいしか出せないと思うんですよね。でも、リラックスしていれば良いアイデアが浮かんだり、心に余裕が生まれて患者さんにも優しくなれます。ですから、私とスタッフの間にも上下関係は作らず、フラットな関係で自発的に動いてもらえる環境を大切にしています。
—集客に関して、何か独自の取り組みはされているのでしょうか?
うちは実は、広告などのマーケティングはほとんどやっていなくて、ほぼ「口コミ」と「紹介」だけで患者さんが増えています。ただ、一つ他院があまりやっていない面白い取り組みとしては、地域の「地元Pay(港区の電子地域通貨など)」を導入したことです。
—医療機関で「地元Pay」が使えるというのは、確かに珍しいですね。
手続きは少し大変だったのですが、これを取り入れたことで、お母さんたちが「子供の手当てとして区から支給されたポイントが、ここのクリニックの美容注射や診療に使える!」と、すごく喜んで活用してくださっています。私自身も一人の「主婦」ですので、主婦目線で「便利でお得だな」と感じてもらえるアイデアは、これからもどんどん取り入れていきたいですね。
—最後に、開業やこれからのキャリアに悩む同世代の医師へアドバイスをお願いします。
もし「自分にはこれといった強い専門性がない」と悩んでいたとしても、自分自身が医療の中でどういう立ち位置であれば、目の前の患者さんの役にたてるのかを突き詰めて考えてみてください。友人に相談するように、何でも気軽に話せる医師の存在を求めている患者さんはたくさんいます。経営理念である「信頼」を大切に、自分にしかできない医療の立ち位置を見つければ、きっと患者さんは後からついてきてくれますよ。
Profile
院長 尾西 芳子
神谷町WGレディースクリニック 院長。2005年に神戸大学国際文化学部を卒業後、医師を目指して山口大学医学部医学科へ進学し、2009年に卒業。東京慈恵会医科大学附属病院での初期臨床研修を経て、日本赤十字社医療センター、済生会中津病院などで産婦人科医としての研鑽を積む。その後、複数のレディースクリニックでの勤務や、高輪台レディースクリニックの院長職などを経て、2023年3月に「神谷町WGレディースクリニック」を開院。患者と同じ目線に立った親しみやすい診療スタイルと、女性の生涯に寄り添う温かい医療を提供している。