Interviewインタビュー

「自分の手で、目の前の人の人生を変えたい」――SAIGA CLINIC NAGOYA・雜賀俊行院長が紡ぐ、誠実な美容医療の未来

SAIGA CLINIC NAGOYA

院長 雜賀 俊行

近年、美容医療は特別な施術から身近な自己投資へと変化を遂げています。その一方で、情報過多によりどの医師や施術を選ぶべきか悩む患者様も少なくありません。そんな中、名古屋市中区錦の地に誕生したのが「SAIGA CLINIC NAGOYA」です。院長を務める雜賀俊行医師は、心臓血管外科で磨き上げた精密な技術力と、都内大手・有名美容クリニックで培った豊富な臨床経験を併せ持つ注目のドクターです。患者様一人ひとりと長く真摯に向き合う「かかりつけ医」としての美容医療を目指す雜賀院長に、医師を志した原点から栄での開業にかける想い、そしてこれからの展望について詳しくお話を伺いました。

手技で人生を変える医療を。地元・栄で目指す「家族で通える生涯のかかりつけ医」SAIGA CLINIC NAGOYA・雜賀俊行院長インタビュー

医師としての原点と名古屋・栄での開業ストーリー

—まずは先生が医師を志された原体験から教えていただけますか?

きっかけは中学時代に遭った事故でした。眼窩底骨折を負い、眼球の動きが悪くなってしまったんです。当時打ち込んでいた野球のキャッチボールすらできなくなり、地元の病院を回っても治せないと言われ絶望していました。そんな中、隣県の医師を紹介され「すぐに手術すれば絶対に治る」と言っていただき、本当に完治したんです。「人の手によって、これほど困っている人を助け人生を変えることができるんだ」と深く感動したことが原点になっています。

—心臓血管外科からスタートし美容医療の道へ進まれた理由は何だったのでしょうか?

高校時代に進路を考えた際、やはり「自分の手を使って目の前の人を直接変えていく仕事がしたい」という中学生の頃の実感が蘇りました。当時流行していた医療ドラマに影響を受けたことや、祖母を拡張型心筋症で亡くした経験も重なり、まずは心臓血管外科医を志しました。その後、より直接的に患者様の外見や人生を前向きに変えられる手技の可能性に魅力を感じ、美容外科の世界へ進むことを決意しました。

—都内の名門クリニックで院長を歴任された後、地元である名古屋・栄で開院された経緯をお聞かせください。

美容外科に転身後、教育体制が強固な水の森美容外科で基礎を徹底し、その後は専門性の高いBIANCA CLINICで最前線の技術を深めました。注入から外科手術まで幅広く自信を持って提供できるようになったことで、「単一の治療を売るのではなく、一人の患者様と長くお付き合いできるかかりつけ医になりたい」という理想が定まったんです。それを実現する場所として、約30年間過ごし、深い愛着と人のつながりがある地元・名古屋の栄の地を選びました。

チームづくりと組織を牽引するリーダーシップ

—開業から現在に至るまでスタッフの採用状況はいかがでしょうか?

非常に順調に進んでいます。オープニングスタッフとして迎えた看護師3名、受付2名、マーケティング担当1名の計6名が、誰一人欠けることなく現在もクリニックを支えてくれています。退職者も補充もなく、開院当初からの強固なチームワークが維持できているのは本当にありがたいことだと感じています。

—採用面接において、特に重視された基準や見極めのポイントはありますか?

当時はまだ東京にいたため、すべてZoomでのオンライン面談でした。重視したのは「当院のことをどれだけ本気で調べてくれているか」です。私のSNSやnoteの発信までしっかり目を通し、理念に共感した上で「自分ならこう貢献できる」と具体的に伝えてくださる方を採用しました。使い回しの志望動機ではなく、当院を選んでくれた熱意がある方は、採用後の実務でもしっかり準備をして力を発揮してくれています。

—人材育成や組織づくりにおいて院長として最も意識されていることは何ですか?

「院長自身が背中で示すこと」に尽きます。いくら立派なクレドや企業理念を掲げても、現場で医師が患者様や業者様に対して雑な対応をしていれば、スタッフにも「この程度でいいんだ」と伝わってしまいます。日々の診療で、私自身が患者様に対してどう誠意を尽くしているかを行動で見せることで、自然とクリニック全体の基準が引き上がると考えています。

開業医としての挑戦とこれからのクリニック経営

—勤務医時代と開業後でクリニック経営に関して最も大きなギャップは何でしたか?

「集患」の重みです。勤務医時代は技術研鑽や個人の発信に集中していれば、法人のバックオフィスが集客を支えてくれていました。しかし開業医になると、どんなに優れた技術があっても、認知されなければ患者様は来院されません。比較検討の土俵に立つための集患を経営者自身が責任を持って動かさなければならない点は、勤務医時代には気づけなかった大きな学びでした。

—集患や情報発信について現在取り組まれていることや課題はありますか?

現在はさまざまな手法を試行錯誤している段階です。MEOなども進めていますが、正攻法で口コミを集めるには時間を要しますし、一筋縄ではいかない難しさも感じています。しかし、クリニックの存在を正しく知っていただくための基盤作りは欠かせないため、着実に注力しています。

—SNSの潮流やAI検索の普及など、今後の情報発信の展望をどう捉えていますか?

単にSNSで話題性を作ったり症例写真を並べたりするだけの手法は、以前ほど通用しなくなっていると感じます。これからはAI検索などの時代を見据え、Instagram、X、noteなど各媒体で誠実な一次情報や良質な素材を蓄積し、それらが複合的につながることでクリニックの信頼や評価が高まっていく形を目指して準備を進めています。

未来へのビジョンと患者様へのメッセージ

—先生ご自身にとって、医療や人生における「夢」とは何でしょうか?

原点に立ち返ると、自分の手を使って目の前の人に喜んでもらえることが私にとって一番の幸せです。クリニックとして私が直接手を動かし信頼を積み重ねることで、「名古屋で美容医療を受けるならSAIGA CLINIC NAGOYAがある」と誰もが認めてくださる存在に育て上げること、そしてその誇れる仕事を通じて家族やスタッフを幸せにすることが私の夢です。

—今後2〜3年先に向けて、クリニックをどのような存在に育てていきたいですか?

ご家族二世代、三世代で長く通っていただけるような「地域の生涯のかかりつけ美容クリニック」です。東京時代にも、お母様が満足されたことをきっかけにご主人様、そして娘様をご紹介いただくケースが多くありました。自由診療だからこそ、大切なご家族を紹介していただける関係性は最高の喜びです。名古屋の地でもそうした信頼の輪を広げていきたいですね。

—最後に、これから開業を目指す後輩医師へアドバイスをお願いします。

技術を徹底的に磨き続けることは医師として大前提ですが、「腕が良ければ自然と患者様が集まる」というわけではありません。どんなに素晴らしい治療を提供していても、認知されなければ患者様の選択肢に入ることすらできないのが現実です。だからこそ、開業前から技術研鑽と同じ熱量で、集患の仕組みや自身の情報発信についてもしっかりと準備を進めておくことを強くおすすめしたいです。

Profile

院長 雜賀 俊行

2014年に愛知医科大学医学部を卒業後、名古屋第一赤十字病院にて初期研修および心臓血管外科で研鑽を積む。2018年より水の森美容外科に入職し、東京新宿院・東京銀座院の院長を歴任。2022年よりBIANCA CLINICに入職し、銀座院副院長を経て2025年に銀座院院長に就任。注入治療から美容外科手術まで幅広い手技に精通し、多くの患者様から厚い信頼を得る。そして2026年4月、地元である名古屋・栄の地に「SAIGA CLINIC NAGOYA」を開業。患者様と生涯寄り添うパートナーとしての診療を追求している。

会社情報

医院名

SAIGA CLINIC NAGOYA

設立

2026年4月