なぜ、訪問診療という形で地域医療に貢献するのか?仙台みやぎの訪問クリニック 院長 川村 雄剛 先生に聞く、医師としての信念と挑戦
2025.10.01
地域に根ざして30年。「土屋クリニック」の土屋杏平院長が目指す、患者さんの幸福に寄り添う医療のカタチ
土屋クリニック
院長 土屋 杏平
東京都荒川区南千住で、長年にわたり地域医療を支え続けてきた「土屋クリニック」。そのバトンを父親から受け継ぎ、新院長として新たな一歩を踏み出したのが土屋杏平先生です。土屋先生は消化器内科の専門医として高度な経験を積む一方、近年注目を集める「家庭医療」の分野でも研鑽を重ねてこられました。 「病気を治すだけでなく、患者さんの人生の幸福に伴走したい」と語る土屋先生。今回は、医師を志したきっかけから、クリニックの承継、そしてこれからの地域医療に対する熱い想いまで、じっくりとお話を伺いました。
—お祖父様とお父様が医師という環境だったそうですが、やはり自然と医師の道を志すようになったのでしょうか?
そう思われがちですし、実際に幼稚園や小学校の文集には「医者になりたい」と書いてはいたんです。ただ、私は長男ということもあって、周囲から「将来はお医者さんになるんだよね」と決めつけられるような空気があり、高校生くらいの思春期の頃には「本当に自分で選んだ道なのだろうか」と疑問を感じて、他の学部を考えた時期もありました。
—誰もが一度は通る葛藤の時期ですね。当時は何が一番嫌だったのですか?
高校の担任の先生からもよく言われたのですが、「医者になったら大学の6年間はもちろん、社会人になってからもずっと一生勉強し続けなきゃいけないぞ」と。当時の自分にとっては、「一生勉強か……」と思うと、正直に言って少し気が重かった部分もありましたね。
—そこからどのようにして、医学部へ進む決意を固められたのでしょうか?
本などを通じて生物学や科学の面白さに触れるうちに、自然と興味が湧いてきたことが一つです。当時テレビで脳科学などがトピックとしてよく取り上げられていたことも刺激になりました。そして何より、「自分が一生懸命勉強したことが、明日そのまま目の前の患者さんの役に立つ」という、学問と実践の距離の近さに魅力を感じるようになったんです。誰かのために役立つ学問なら、一生勉強し続ける価値があると思えました。
—最初に選ばれた専門は「消化器内科」ですね。そこからさらに「家庭医療科」を学び直されたきっかけを教えてください。
墨東病院をはじめとする救急や大病院の現場では、病気そのものを綺麗に治療しても、それだけでは根本的に解決しない患者さんを多く目の当たりにしました。例えば「お腹が痛い」と来院されても、その痛みの背景を紐解くと、精神的なストレスや、ご家庭での介護の悩み、仕事環境の問題が深く関わっていることが多々あります。
—検査データだけでは見えてこない、生活の背景が原因になっているのですね。
そうなんです。しかし、次から次へと新しい患者さんが運ばれてくる基幹病院のシステムでは、どうしても一人ひとりの背景にまでずっと付き合っていくことが時間的に難しい。地域で生きる患者さんの「本当のニーズ」をすくい上げ、総合的にアプローチするためには、病気だけではなく『人』や『家族』をまるごと診る「家庭医療」の視点が不可欠だと確信し、改めて後期研修で学び直す選択をしました。
—消化器内科の専門性と家庭医療、この2つが組み合わさる強みとは何でしょうか?
クリニック医療における強力なハイブリッドだと思っています。私のクリニックでは、家庭医療の視点で患者さんの生活や日常の不安に広く寄り添いながら、同時に専門医として質の高い内視鏡検査(胃カメラ・大腸カメラ)などを提供できます。「何でも相談できる身近な先生でありながら、専門的な検査もしっかり任せられる」。そんな安心感を地域の方々に届けられることが、私の強みです。
—令和5年に「土屋クリニック」へと戻り、お父様から院長を継承されました。プレッシャーや苦労はありましたか?
父が30年近くかけて築いてきた患者さんとの信頼関係は非常に強固なものでした。突然やってきた若い息子に対して、最初は「前の先生の方がよかったな」という目で見られることもあり、そこを乗り越えるのは最初の壁でしたね。ただ、患者さんが本当に困っていることを丁寧に聞き出し、誠実に対応を重ねていくことで、「これからは杏平先生に診てもらいたい」と少しずつ信頼のバトンが私に移っていくのを実感できました。
—継承されてから、クリニック内のシステムも新しく変えられたと伺いました。
はい。父の時代はすべて紙カルテで、予約もほとんどが電話対応でした。これだとスタッフの手が常に塞がってしまい、目の前の患者さんへの対応がおろかになりかねません。そこで私は、電子カルテへの移行と同時にWeb予約システムを導入しました。最初は戸惑いもありましたが、結果として電話対応が激減し、院内のフットワークが非常に軽くなりました。
—クリニックのホームページや外観のリニューアルもその一環ですか?
そうです。ホームページも昔のままで古くなっていたので一新し、当院の強みである内視鏡検査などの情報がしっかり届くようにしました。また、築30年近く経って老朽化していたベッドや椅子などの備品をアップデートし、昨年には外観もパッと明るくポップな印象にリニューアルしました。これまでの伝統を守りながらも、今の時代に合わせて院内をリフレッシュしていくことは、経営者として必要な投資だと考えています。
—先生が医療を実践するうえで、最も大切にされている「心の拠り所」はありますか?
かつて勤務していた病院の内科部長が、「医学・医療の本質は、単に病気を治すことではなく、患者さんの人生の『幸福』を追求することだ」と教えてくださったんです。その言葉がずっと心に残っています。病気が完全に治らなくても、医療の力でその人の生活の質を上げ、笑顔の時間を増やすことができる。土屋クリニックの医療も、常に患者さんの幸福の追求のためにありたいと思っています。
—最近は大規模なチェーンクリニックや24時間対応のクリニックも増えていますが、差別化はどうお考えですか?
確かに便利なクリニックは増えていますが、だからこそ「いつも同じ先生が自分の顔を見て、自分の病歴も生活もよく知ったうえで診てくれる」という、地域のかかりつけ医の価値が高まっていると感じます。本当に困ったときには夜間でも往診に行けるようなフットワークの軽さや、地域に根ざした一対一の深い信頼関係は、大病院やチェーン展開するクリニックには真似できない、私たちの最大の魅力です。
—最後に、これから開業やクリニックの継承(経営)を目指す若い先生方にアドバイスをお願いします。
勤務医時代に比べて、経営やスタッフのマネジメント、事務作業などやるべきことは何倍にも増えますし、決して甘い世界ではありません。しかし、自分が「これだ」と信じる理想の医療を自分の裁量で100%実践できる楽しさがあります。そして、患者さんからの感謝の言葉や笑顔が、ダイレクトに自分やスタッフに戻ってくる喜びは、何物にも代えがたいやりがいです。自分が生まれ育った南千住の街に貢献できるように、皆さんもぜひ自分の想いを持って、一歩を踏み出してみてください。
Profile
院長 土屋 杏平
平成26年に東邦大学医学部医学科を卒業後、東京都立墨東病院にて初期・後期研修を行い、消化器内科医としてのキャリアを積む。三井記念病院への出向を経て、令和2年より河北総合病院にて家庭医療科の後期研修を開始。同ファミリークリニック南阿佐谷勤務や、小児科、東京医科大学病院総合診療科、JCHO東京新宿メディカルセンター緩和ケア内科への出向を通じて、幅広い総合診療・緩和ケアのスキルを習得。令和5年より、長年父親が地域に根ざしてきた「土屋クリニック」の院長に就任。専門である消化器内科と、患者を総合的に診る家庭医療を組み合わせた、あたたかみのある地域医療を提供している。