地域医療への貢献を目指す–浜松歯科 中野 陽平 院長の経営と情熱
2026.02.17
技術に裏打ちされた「やさしい医療」を本厚木から。血管外科クリニック本厚木・黒澤弘二院長が紡ぐ、患者に寄り添う新たな挑戦
血管外科クリニック本厚木
院長 黒澤 弘二
神奈川県厚木市にて、下肢静脈瘤の専門治療と地域に密着した美容医療を提供する「血管外科クリニック本厚木」。今回は、同院の院長を務める黒澤弘二先生にお話を伺いました。長年にわたり大学病院や地域基幹病院の最前線で血管外科医としてメスを握り、多くの患者の命や健康と向き合ってきた黒澤先生。なぜ50歳を過ぎてから自らのクリニックを立ち上げるに至ったのか、その根底にある「やさしい医療」への強いこだわりと、スタッフと共に目指す理想の医療のあり方、そしてこれからの未来へ向けたビジョンについて、熱い想いを語っていただきました。
—先生が最初に医師を志したきっかけについて教えていただけますか。
実は、私の家系にはもともと医師がいなかったんです。でも、私が幼い頃から父親や祖父に「将来は医者になるんだぞ」とよく言われていましてね。子供心にはそれが少し嫌で、「絶対に医者になんかやるものか!」と反発していました。当時はバドミントンに熱中していたのでバドミントン選手になりたいとか、プロ野球選手になりたいなんて言っていた記憶があります。
—そこからどのようにして、本格的に医療の道を歩むようになったのでしょうか。
中学校や高校に進むにつれて、祖父や祖母が病院に入院して治療を受ける機会が増えたんです。その際にお見舞いへ行き、熱心に治療にあたってくださる先生方の素晴らしい振る舞いや、患者さんに寄り添う姿を目の当たりにしました。その経験を通じて、「やっぱり医療という形で、直接人に貢献できる職業は素晴らしいな」と心から思うようになり、本格的に医師の道を志しました。
—先生は大学病院の医局に20年以上所属されていましたが、そこから独立を考えたきっかけは何だったのですか。
若い頃は、大学の中で講師になり、准教授になり、教授を目指すという、いわゆるアカデミックな出世コースを目指した時期もありました。私が所属した慈恵医大の血管外科は、著名な教授の指導の下、多くの貴重な経験を積ませていただき、現在の自分の技術は間違いなく、そこで培われました。医局の中でも指導的な立場にもなりましたが、だんだんアカデミックなキャリアを追求することは、自分には合わない、自分のスタイルで、直接医療を患者さんへ提供したいという思いが強くなり、それが開業という選択でした。実家が商売をやっていたこともあり、もともと「自分で事業を立ち上げたい」という独立への意欲が根底にあったことも大きいですね。
—クリニック名にもある血管外科と美容医療という、一見異なる2つの領域を掲げているのはなぜですか。
実は、血管外科と美容医療というのは非常に相性が良いと感じています。現在、当院でメインで行っている下肢静脈瘤の治療も、足のボコボコとした血管を綺麗にするという意味で、非常に美容的な側面が強い医療なんです。血管外科としての確かな医学的ベースを持った上で、美しさへのアプローチも提供できることが、当院の大きな強みになっています。
—先生が診療のモットーとされている「やさしい医療」とは、具体的にどのようなものでしょうか。
言葉で「やさしい医療」と言うのは簡単ですが、大切なのは「確かな技術」という裏付けがあることです。私はこれまで20年以上、血管外科の専門医として下肢静脈瘤などの治療に深く携わってきました。経験や技術だけでなく、常に患者さんとの対話では、話をよく聞き、やさしい心で対応することを心がけて、信頼関係を築いてきました。それがあるからこそ、患者さんに医療の選択肢を明確に提示でき、本当の意味で安心していただける「やさしい医療」が提供できると自負しています。
—美容医療の分野において、先生が特にこだわっている姿勢はありますか。
キラキラした華美な内装で、入りにくいクリニックではなく、老若男女、どんな方でも気軽に美容相談ができるクリニックを目指しています。また、不必要なオプションを追加して高額な契約をせまるようなスタイルはやりません。本当にその患者さんにとって必要な治療だけを、適正な価格で分かりやすく提案する。当たり前のことですが、医療機関としてこの誠実さを徹底することが私のこだわりです。
—実際に開業されてから、軌道に乗るまでに最も苦労されたエピソードを教えてください。
診療業務に専念することができた勤務医時代とは違って、開業医は、日常診療の他、集患対策、スタッフの勤怠の管理や人間関係の調整、経営の分析、関連業者との折衝など、事業にかかわるすべての内容を管理し、構築していかなければなりません。また、スタッフの給与や固定費は確実に支払わなければならないし、患者さんが来なければどんどん通帳の残高が目減りしていくプレッシャーは、今までにない重圧で、最初の半年から1年間は本当に精神的にもしんどかったです。
—その苦しい状況を乗り越えるために、どのような集患対策を行われたのですか。
まずはクリニックの存在を知ってもらうために、必死でマーケティングを学び、実践しました。新聞広告、看板、ホームページの充実はもちろん、SEOやMEO、SNSに力を入れ、インターネット広告も積極的に運用しました。とにかくやれることは全部試そうという、スタートでしたね。
—現在では、多くの患者さんが来院される人気のクリニックとなっていますね。
試行錯誤を重ねる中で徐々に患者さんが増えていきました。また、ありがたいことに、以前からこの厚木の地域医療に携わっていたため、私の専門性を知る地元の医師会の先生方からもたくさんの患者さんをご紹介いただけるようになり、大変感謝しております。今では忙しい毎日を裏側で支えてくれるスタッフと共に、とても活気のあるクリニックになりました。
—クリニックが忙しくなる一方で、組織運営やスタッフの教育について悩まれていることはありますか。
今の一番の悩みは、スタッフ全員が同じ方向を向くための「チームづくり」ですね。開業から1〜2年が経ち、患者さんが増えて環境がどんどん忙しく変化する中で、スタッフ同士の連携やそれぞれの役割に対する意識の持ち方など、組織としての課題が見えてきました。やはりみんなが同じベクトルを向いて進むのは一筋縄ではいかないなと感じています。
—組織の基盤を固めた先に見据えている、2〜3年後の具体的なビジョンを教えてください。
まずは、この「血管外科クリニック本厚木」で確立した『やさしい医療』のスタイルを、より多くの地域に届けていきたいです。この本厚木でのビジネスモデルがしっかりと成熟し、組織としての体制が整えば、将来的には次のステップとして分院展開も具体的に進めていきたいと考えています。
—それでは最後に、かつての先生と同じように、これから開業医を目指そうか悩んでいる先生方へ向けてメッセージをお願いします。
今、環境に閉塞感やマンネリを感じ、一歩を踏み出せずに悩んでいる先生方はたくさんいると思います。確かに開業医になれば、集患や経営、組織づくりなど、勤務医時代には想像もしなかった苦労や重圧に直面します。決して甘い世界ではありません。しかしそれ以上に、組織のしがらみから解放され、100%自分のスタイルで理想の医療を形にできる日々は、何物にも代えがたい喜びとやりがいに満ちています。自分の手で人生の舵を握り、夢をダイレクトに実現していける楽しさが、ここにはあります。もしご自身の技術や志を信じ、現状に満足していないのであれば、悩んでいる時間こそもったいない。ぜひ勇気を持って、理想の医療への第一歩を力強く踏み出してほしいですね。心から応援しています。
Profile
院長 黒澤 弘二
「血管外科クリニック本厚木」院長。1995年東京慈恵会医科大学医学部卒業。国立水戸病院での外科研修、慈恵医大外科学講座での研積を経て、客船「飛鳥」の船医や富士市立中央病院外科に勤務。その後、慈恵医大外科学講座にて血管外科を専攻。米国ウィスコンシン大学マディソン校への留学を経て、厚木市立病院外科部長(血管外科専攻)を8年間務める。大手美容外科での臨床経験を積んだ後、長年培った高度な血管外科の技術と「やさしい医療」を地域へ還元すべく、「血管外科クリニック本厚木」を開業。確かな専門性と親しみやすさを兼ね備えた、地域に根差した診療を行っている。